レグカをはじめた

業務的にそろそろテレワークも一時中断といったところで、腕を切ると目立つので足を切ることにした。

傷をつけると幸福物質が出てストレスが緩和されるので、薬が効かない時、暴食できない時はどうしても切るしかない。

これ系の情報を調べようとするとすぐに電話相談に誘導されたりするけど、電話したらセロトニンが体に行き渡るのか?

通院はしている。薬ももらっている。私の脳はもう壊れているので戻らない。ちょっと血を出して楽になりたいだけなのに、すごく後ろめたいことをしている気分にさせられる。いいじゃないか、腕や脚くらい切ったって。


私はいい大人だ。「おばさん」に両足を突っ込んでいる。余談だが、この年齢の男性はまだまだ若者らしいので、なんだか腑に落ちない。とにかく、自分の判断、自分がもらった給与で精神科に通っている。それでも切るしかない時がある。

子供たちは通院もままならない。支援だって簡単には行き届かない。そんな子供たちから刃物を奪って何が解決するのだろう。身体を傷つけることを、穢れのように思うだろうか?彼らは自分を傷つけることでしか生きられないのに。


自分のことも、他人のことも、何もかもがままならない。

早く、なんらかの事故にでも遭って、状況を理解する間もなく0.2秒で即死したい。毎日死ぬことばかり考えているのに、どうしてそれを決断することはこんなにも難しいんだろう。


私はぐずぐずと生にしがみついて死ねないのに、猫が何も食べなくなった。

子猫の時から体の弱い猫で、もう18歳だ。随分長生きしたと思う。大往生と言っていい。

それでも、猫が死ぬくらいなら私が死んだ方が親も幸せだと思う。命を譲れたらいいのにな。

好きな相手に命を譲れるようになったら、幸せだろうな。


もし、私のようなただ死にたいだけの人間が合法的に安楽死を選択できるようになったら、どれほどの人間が不当に殺されてしまうのだろう。

「死ななければならない」と不当に思い込まされた人間たちが、たくさん殺されてしまうと思う。人間はクソなので。


人間がクソな限り私は自分で死ぬか、死ぬ時をただ待つしかない。そしてこれまでもこれからも人間はずっとクソ。腕だの足だのを自由に切ることくらい許される世の中じゃなきゃ、やってられんってワケ。