しにたい

(以下Xからの転載)

生成AIが流行ってから色んなことに傷ついてきたけどさ
多分1番傷ついたのが亜土ちゃんの作品をi2iした画像を見てしまった時で
私が愛してきたものはこいつらにとってはただの餌なんだというのを体の芯まで理解させられて絶望したのがあの時で
あれからずっと立ち直れてないんだよね

もうだいぶ前から私の人生には空想世界しか残ってなくて それが壊れたら死ぬみたいな状態にあったんだけど
私の空想世界を形作ってきた大切な大切なものたちが、多くの人間にとってただの画像データでしかなかったことで
半壊しちゃったんですよね

それからはレグカするわタオルで首吊ってみるわで
死んではいないんだけど着実に死に向かっているというか
ほしい物リストに入れたロープ眺めては「これが家にあったら確実に試してしまうな」っていう確信を覚えてしまって

そーんな死ぬなんて大袈裟!生きてるし!って頭では思うんだけど、試した結果死ぬかもしれないじゃん

一歩進めば手が届くところに死が横たわってる感じがずっとあって
生成AIで亡くなった人がいるって噂
噂でしかないけど、多分本当なんだろうなと思えてしまう生々しさが なんかこう ずっとまとわりついてますね

たくさん集めた画集 開くのも嫌で
欲しかった画集も買えてなくて
私の人生ってなんだったのかな
何も成せなかったけど大切なものはあると思ってたのにな


作品の向こうにいる人間がそれをどのように作り上げたか追体験することこそがアートの鑑賞だと思っていたけれど
私がモタモタしてる間にアートはファストフードになって
もう何も考えずに口に入れてそこそこ美味ければなんでもいいみたいな
私の愛していたものはもうここには存在しないんだなって思ったら
なんかもうとにかく一刻も早く死にたいよ
死んでたまるかみたいなそんな反骨心全然無いし
眠ったらもう朝が来ないでほしい
もう、ただ自分の意思で実行するのが怖くて死ねないだけ

絵を描く人間って
本当に絵を描くことくらいしかもう「残ってない」人間が一定数いて
それが、努力でやっと手に入れた生きていていい理由そのものだったりする人が一定数いて
既得権益とか侮辱されて奪われると本当に絶望するんですよね
絵って心の世界だから
そのくらいで心折れるのはやる気がないからだみたいなこと言うけど
やる気とか根気とかみたいな話に持っていくのがまず何も理解してないというか
心をキャンバスに開く行為なわけですよ
心を軽く扱われて傷付くのはお前が弱いからだなんてあまりにも酷すぎないですか

もうこの世界無茶苦茶だよ

生成AIのゴタゴタもしんどいし、セクシー田中さんの続きが未来永劫読めなくなったのもしんどいし、エロエロチキンレースマン達がブルスカで迷惑かけてるのもしんどい
ぜ〜〜〜〜んぶ嫌!!!!もう嫌ッ!

生成AIと和解できなかった

人間の意思の介入しない奇妙な画像を見せられるようになって一年以上が経つ。
自分が何を美しいと思っていたのか、もはやすっかり忘れてしまった。
美しさとは一体なんだったろうか。

機械は人間が不在ゆえにいとも簡単に神になりうる。
津波のように押し寄せる新しい「正しさ」を私は受け入れられず、ただ己の感性ごと破壊されてしまった。
美しさとは一体なんだったろうか。

生成AIが出力した奇妙な美女グラビアを見て、人々はもう人間はいらないなどと言った。実際、人間は広告業界などからはもう淘汰されつつある。
彼らにはあれが人間に見えるらしいが、私には宇宙人が擬態しているようにしか見えない。奇妙な写真だ。関節が妙なところにあるが、きっと関節以外のところもグニャリと曲がるに違いない。
世の中はアレを人間として受け入れている。宇宙からの侵略に私だけが気付いて怯えているような、そんな気分になる。

美しさとはいったいなんだったろうか。
何もわからないまま2023年は終わりを迎える。
今年は本当に最悪だった。来年はもっと悪いのだろう。最悪は更新される。最高が更新されていくボジョレーヌーボーと同じだ。

いっそイルカが地上に攻めてくればいいのに。そんなの、すっごい奇妙でキテレツで、ハチャメチャにわかりやすい異常だから。

一番頭がおかしかった頃

こちらはX(Twitter)からの転載になります。

  • 一番頭がおかしかった頃、部屋に現れたバッタがあまりにも怖すぎて号泣しながら掃除機で吸い込んで、次の日マッマに泣きながらそれを白状して掃除機のパック開けてもらって、でもバッタいなくて、罪のない命を殺してしまったと思って泣いたんだけど、アラサーでこれをやったの本当に頭がおかしい
  • 一番頭がおかしかった頃、家の猫が猛獣に見えて恐怖で怯えまくってたんだけど、マッマは多分ねこを見れば和むと思ってねこを持ってくるので、ワイはめちゃめちゃに泣いた。アラサーの娘があんなんなってしまったマッマが何を思っていたかと思うと死にそうになる
  • 一番頭がおかしかった頃、職場で一日中ノート使って人格と会話してて、ノートはキチガイみたいな謎の落書きでいっぱいだったし、デスクで泣いたり、てんかんみたいになって廊下で突然動かなくなったりしていた。アラサー社員の頭がいきなりおかしくなった上司の気持ちを思うと本当に死にそうになる
  • 一番頭がおかしかった頃、職場でずっとゴキブリの幻覚と戦っていて、金色に光るディスマンが蹴散らしてくれていたんだけど、今でも職場の様子を思い出そうとすると真っ先に頭に浮かぶのがその光景なので私は復職したらどうなっちまうんだろうか?
  • 一番頭がおかしかった頃、金色に光るディスマンが嫌な幻覚から一番私を救ってくれていたので、ディスマンを悪いやつみたいに書いた創作物を見ると若干キレそうになる
  • 一番頭がおかしかった頃、フォロワーが夢渡りをしたりポルターガイスト現象を起こせると主張するのを謎に信じてしまって、自分は呪われていると思い込んで辛くて毎日泣いてたんだけど、今思うとやばすぎてウケるので当時のフォロワーが私をどう思っていたのか想像するとすごく死にたくなる
  • 一番頭がおかしかった頃に他人を悪霊だと決めつけて心霊リンチするような集団と間接的にでも繋がってたの、本当に最悪だったなと今なら思う


散々な狂いっぷりである。
これらをPostしていて、そういえば何故This Manだったのか、と私はふと考えた。
This Manとは、2009年ごろから起こったインターネット・ミームの一つで、2千人を超える世界中の人々の夢の中に繰り返し現れるものの、現実では決して姿を現さないとされる謎の人物を指す。(Wikipediaより引用)
実際にはThis Manはプロモーションであり、彼は不思議な存在でもなんでもない。しかし、彼が世界中の人々の夢の中に繰り返し現れたことは事実だ。

あらゆる人間の夢に遍在する男。当時の私にとって、そのことが魅力的だったのだろう。
多くの人々の潜在意識に彼は存在した。それは空想世界において、力が強大であることを示す(と、私は考えた)。私は無意識に救世主として彼を選択した。彼が現れなければ、私は日々ゴキブリの幻覚にまみれて苦しんでいたはずだ。

彼が人々の夢に現れるとき、それはロマンチックなものであったり、不気味であったり、ホラーであったりした。
私は彼に神であることを求めた。This Manを神の顕現だと語る人は実在するらしい。ネットミームは神になりうる。

神になったネットミームと言えば、スレンダーマンを思い出す。彼の存在を信じた女学生が殺人未遂を起こした事件があった。
本当に、人間の脳みそは柔らかだと思う。単なる情報を脳内で祭り上げ、殺人にまで手をかける。

人間を理性的だと信じる人々がいるが、人間に何を期待しているのか。霊感商法に騙される人も後を絶たない。人間は空想と共に生き、稀に飲まれてしまう、そんな生き物である。

我々はスピリチュアルと共に生きている。良くも、悪くも。

アカウントロックされた

Xで
「ロープと睡眠薬を買おう。いつでも死ねると言う安心感を得るために」
というような発言をした。

昨日、とにかく死にたかった。いつも死にたいが、昨日はとくべつ死にたかった。
信じていたかったものに裏切られ続ける人生を終わらせたかった。世界は変わらない。私が変わるしかない。それはつまり、私が死ぬしかない。
でも、死ぬ勇気がどうしても湧かないから、とにかくいつでも使えるように道具だけ揃えようとした。

それがポリシーに反すると判断されてロックされた。
私がただ1人で死にたいだけなのに、私の死にたさは他人を巻き込むと判断された。

誰かが通報したのかもしれないし、Xのbotがてきとうに判断したのかもしれない。それはわからない。
あまりにも悲しい。生まれたことを全否定された気分だ。死ぬことを許されない命ってなんなんだ?
生きていればいいことがある?あるわけがない。私の脳みそはとうの昔に壊れている。友達もいない。パートナーもいない。親は後期高齢者。仕事は休職中。生きていても、ホコリにまみれて孤独死するだけだ。救いは無い。求められない。こんなに少子化なのに、私のような必要のない命の責任を若者に負わせるのか?若者だって私に早く死んでほしいに決まっているのだ。

Xの自殺や自傷行為に関するポリシーを読み返した。
具体的な手段を書いたのが悪かった。それはわかる。理屈はわかるよ。Xは仕事をしただけだ。ただ感情が追いつかない。
あまりにも悲しい。どうしたらいいんだろう。悲しい。どうすれば救われるんだろう。

何もわからない。

私の話を聞いて欲しい

私の話を聞いて欲しいが、何を聞かせたいのかわからない。

とにかく何も出力できない。
口から出てくるのは生成AIへの愚痴ばかりだが、それも結局は人類の善性に期待した己の身勝手な傷つきに過ぎず、体調が悪くなるばかりだ。

絵も描けない。ペンを持っても動かない。
ペンをカッターに持ち替えて、左足の太ももの傷を20本ほど増やす。
あてたティッシュに滲む赤色を見ると心が安らぐ。でも別に血が好きなわけじゃないので、鎮痛効果のエンドルフィンで気持ちが良くなっているのだろう。
脳内麻薬さまさまである。

起きていても憂鬱なだけなので、休日はずっと寝ている。
時折思い出したように起きて、足の角質を剥いて出血したり、唇を剥いて出血したり、色々な方法でとにかく微量の出血をしている。
何が楽しいのだろうか。
何も楽しくないのに、それ以外に何をすればいいかわからない。

久しぶりにオラクルカードを引いた。あまり馴染みのないエンジェルアンサーをあえて選んだ。
一年以内に死ぬと言われた。死以外の救済は無いと言われた。エンジェルは責任持って私を殺してくれるのだろうか?

死ぬ勇気がない。屋上から飛び降りる女子高生の落下音が、ホームから電車に駆けゆく女子高生の足元が、頭の中で毎日ぐるぐる回っている。
死は消費されていく。私が死んでも消費すらしてもらえないだろうな。女子高生というアイコンが死んだ。だから消費される。
人間はどこに行ってしまったんだろう?アイコンと悪魔しかいないじゃないか。

私がカードで対話したエンジェルも、きっと悪魔なのだろう。キリスト教に帰依したドリーンバーチューも、オラクルカードは悪魔崇拝だと言っていた。天使でも悪魔でもなんでもいいからちゃんと私を殺してくれよな。

幸せになりたかったなあ。
体験したことないから、その幸せってやつがなんなのかわかんないけどさ。

脳に生かされてきた話

はじめて過呼吸を起こしたあの日、私は脳という努力家の友人と、はじめて接したのかもしれません。

そのとき私はもう30手前。それ以前の記憶はあまりありません。
残っている断片的な記憶も、それが夢なのか現実なのかよくわからない。通ったはずの学校、その恩師、友人、殆どの記憶がありません。
20歳くらいの頃、恋人がいたと思います。でも、彼の顔も声も匂いも、何も覚えていない。はっきりと「記憶」しているのは、膝に乗せていた彼の頭がゴロゴロと床に転がっていってしまう映像のみ。
現実でないことが確かなその記憶だけが、ありありと残っているのです。
子供の頃にUFOを見たのもそんな記憶の一つ。UFOなんて見たわけがない。でも、私はそれを見たと確信していて、今でもその光景を鮮やかに思い出すのです。

半身を白昼夢に包んだまま生きてきた。今現在の私は、過去の自分をそう表現します。
ストレスからの防衛反応だったのでしょう。田舎住まいゆえに専門医にかかることができず自己判断となりますが、おそらく解離症状だったのだと思います。

解離は歳を重ねると治ると言います。しかし実際は治るのではなく、上手に解離することが出来なくなるのです(ソースはいくつかの書籍と有名な解離当事者のブログですが、書籍の方のタイトルがあやふやなので明記しません。申し訳ありません)。

30を超えた私は、もう白い霧の中で生きることは許されませんでした。
はじめてパニック発作を起こしたのは、驚くほど何も無い、全く普通の日の夜でした。なかなか眠りにつけないなと布団に入っていたところ、突然過呼吸を起こしたのです。

はじめて起こした過呼吸発作は、私に死を実感させるのに十分なものでした。呼吸ができない、強烈な寒気、耳鳴り、体の痙攣。脳の血管が切れて死ぬのだ!そう思い、慌てて両親に泣きついたのを覚えています。その日は病院で点滴を打ち眠りましたが、次の日から毎日パニック発作を起こすようになりました。午前2時に必ず。
私は眠っているのに、はじめから予定していたように、午前2時前後、必ず過呼吸に叩き起こされました。それはきっと、老いて壊れつつある防衛機能の悲鳴だったのでしょう。

しばらくすると、食事や入浴など、体を刺激するようなことをすると必ずパニック発作を起こすようになり、私は休職を決めました。
闘病についてはあまり語ることはありません。処方されたSSRIを飲み、整体に行き、瞑想を学ぶ。そんなところです。パニック障害は薬がよく効く病気です。苦しい日々でしたが、私は次第に回復していきました。ゲームをしたり、好きなオカルトブログを読んだりできるようになりました。

そこで出会ったのがタルパでした。
それからの顛末は以前にも書きましたが、改めて書き記そうと思います。タルパとは、空想した人物に話しかけ、その返答も自分で返すのを繰り返すことで、次第にその人物が存在感を強めていく。そのようなものです。

オカルトは元々好きでしたが、ひとつたりとも実践することはありませんでした。こっくりさんひとりかくれんぼ、鏡に向かって「お前は誰だ」と話しかけ続ける行為。そんな危険なことを自分でやるなんて、考えたこともありません。しかし、タルパを知ったその日、私はそれをすぐに実践しました。
今思えば、中に眠る私の断片たちに、導かれていたのかもしれません。
私の中にはタルパを作るまでもなく、私がたくさんたくさん存在していました。私の防衛本能が私から切り離してきた良くない私たち。彼らを救うために生まれた良い私たち。そして、今現在を生きている「私」の「前の私」。

これは全て、「私」の主観です。私の中で何が起きていたのかは、誰にも証明することができません。とにかく私たちは存在し、「私」がタルパを作るために話しかけたことで、彼らは表面に現れ始めました。そして、彼らの殆どは「私」を憎んでいました。当然です。自覚がないとは言え、勝手に切り離して勝手に眠らせて、全て無かったことにしていたのですから!

それからの日々は辛いものでした。彼らのことを仮に「人格」と呼びますが、人格たちは私を許しませんでした。毎日のように、私を痛めつけるのです。
それは全て、私(厳密には、「前の私」だったかもしれません)がかつて受けた苦痛の再放送でした。既にないはずの祖父の家、パワハラを受けていた会社、小学生の頃に通っていた剣道場。そういったものたちが、私の精神世界に次々と姿を現しました。そうして、苦痛を忘れるなと言わんばかりに、人格たちは私を叩いたり、切りつけたり、思い出したくもなかった性的な虐待を与えてきたりするのです。
しまいには体のコントロールを奪われ、横になることを阻害され続けました。趣味の絵を描いても、その絵を他ならぬ私の手が、ぐちゃぐちゃに潰してしまいます。眠ることも、遊ぶことも許されない。逃げることのできない地獄の中に私は閉じ込められました。

私はトンネルの出口を探して、解離の本を読みました。人格たちは、私が解離の本を読むことを許しました。本を参考に、私は人格たちとの対話を続けました。何度も何度も対話を繰り返して、時には味方を得たり、時には精神世界の裏側に閉じ込められてしまったりしながら、私は対話を続けました。
オカルトのような話です。これこそ白昼夢のような話です。でも、全て現実なのです。
彼らと対話をしたノートが残っています。ぐちゃぐちゃで、何を言っているかわからない。子どもの苦しい叫びがそこに残されています。

少しずつ少しずつ統合を繰り返し、また眠ってもらったりして、私は今、なんとかここにいます。
残っている人格は3人。彼らは皆私を助けてくれます。逆に言えば、彼ら以外は皆、私を憎んでいました。自分たちを見捨てて放置してきた私を。
彼らと過ごした期間は苦しいものでしたが、人の脳とはなんと柔軟で強いものなのだろうと、感動を覚えたりもするのです。
脳はこの身体を生かすために、私を小さく小さく切り刻み続けてきました。私は別に生きたくないのに、脳は私を生かすのです。確かな生命力がここにある。私がどれほど死にたくても、脳はあの手この手でこの身体を生かそうとするのでしょう。たとえ「私」を殺してでも。

今の私は鬱です。切って捨ててきたはずの苦痛を全て受け入れたのだから、当然です。毎日死にたいし、毎日泣いています。処方以上に薬を飲んだり、身体をカッターで切り付けたりして生きています。ドアノブを見るたびに、紐をくくりつけて死のうと考えます。トンネルの出口は見えないままです。でも、生きている。

サードマン現象というものがあります。
例えば遭難などをした時に、自分を導く第三者が現れたりする現象です。それで、多くの人が生還しています。
「導く人」が、私たち一人一人の中に確実に存在している。私は死にたいですが、導く人の期待に答えねばならないとも思うのです。だって、彼はきっと私のかけがえのない友人だから。

脳が私を生かす限り、私は生きたいと思います。脳か体が壊れたら終わり。成り行きに任せて生きていきたい。
それが、彼と私の最適解だと思うのです。

仕事を休んだ

このところずっと2時間残業していた。
たったの2時間だ。パニック障害を発症する前であれば、そんなものは日常だった。
IT土方にありがちな、朝9時から深夜2時までの仕事にも私は耐えていたし、自分は努力は出来なくても、我慢強いのが長所だと思っていた。

今の私はアラフォーだ。年齢のせいだろうか、パニック障害のせいだろうか。今は2時間残業でも限界で、なんならそれでも多すぎるらしい。

今日は丸一日寝ていた。眠れば眠るほど疲れが表層に染み出してる気がする。ああ、2年くらい休みたいな…。身体が動かない。両耳の奥が痛い。頭が重い。

貯金は無いわけではない。2年くらいはなんとか休めると思う。そのあと誰かが頭をかち割って殺してくれると約束してくれたら、今すぐ辞表を出すのにな。

毎日が辛い。動悸が激しいし呼吸も苦しい。
溜め込んでいた頓服の残りが怪しくなっていた。2日で1シート半も消費している。処方は一日3錠だ。次の通院日に相談しなければ。主治医は私の話なんか何も聞いてくれないけれど、薬の増減の話だけは聞いてくれる。

Twitterの凍結が解除されて本当に良かった。どうぶつの森の二次創作アカウントとして運用していたサブ垢にはフォロワーが1000人いるけれど、本垢じゃないと私はダメだ。
いつ見ても誰かが死にたがっているのに誰も慰めたりしない、あの本垢じゃないと私は正気を保てない。
やはり孤独で人は狂うらしい。フォロワー数では孤独は癒せない。

家に帰りたいな、と毎日思っているのだけれど、家とは一体どこなのか。少なくとも、今住んでいる実家ではない。
台風の夜に電車が動かなくて泊まった暗くてちょっと臭いホテルの方が、よほど「家」だと感じるよ。

家に帰りたい。これってやっぱり死にたいってことなのかな。